社員インタビュー
視聴者に正確な情報を届けるための最後の番人 ┃ 校閲・佐々木文彦
視聴者に正確な情報を届けるための最後の番人 ┃ 校閲・佐々木文彦

テレビ番組の画面上に表示される文字や図形、いわゆるテロップは番組制作において欠かせない存在です。画面左上・右上に現在放送しているテーマの要旨や見どころを表示する「サイドテロップ」、出演者の話す言葉を追うように表示する「コメントフォローテロップ」など、現代のテレビ番組では報道・バラエティを問わず多様なテロップが使用されています。

 「その内容の正確性を守る最後の番人が校閲というセクションです」と語るのが、日テレアートの校閲セクション担当部長・佐々木文彦です。日テレ制作のドラマ『地味にスゴイ!校閲ガール・河野悦子』では主人公の職業として注目を浴びた校閲というお仕事ですが、テレビの世界における校閲は秒単位を争うスピード感が求められます。日々放送される番組の裏側で校閲はどのように機能しているのか、そしてその重要性について佐々木に話を聞きました。

秒単位を争うなかで繰り広げられるテレビの校閲

  • テレビ番組の校閲とはどのような仕事か教えてください。

佐々木:簡単に言うと、テレビに表示されるテロップに間違いがないかどうか確認する仕事です。そもそも校閲というお仕事自体が世の中に広く知られているわけではありませんが、テレビのテロップ校閲となるとその認知度はさらに限定されるかもしれません。日テレアートで校閲セクションが立ち上げられたのが2002年のことで、それ以前はテレビのニュース番組のテロップを校閲するというシステムはありませんでした。ですから、スタッフを募集しても経験者がほぼいない、業界の中では新しい業務といえるでしょう。

 社内には出版業界の校閲経験者もいますが、出版とテレビの校閲では求められるスピードがまったく違います。放送までに猶予のある収録番組の場合はともかく、生放送の場合は秒単位の勝負ですからね。たとえば今(取材時点)は15時20分ですが、15時50分から始まる『news every.』のテロップはまだ全体の20%も完成していません。番組が放送されている最中も制作を続け、ひとつひとつギリギリで完成していき、番組終了間際まで制作・確認・調整を繰り返していきます。

  • 1本の番組のテロップを校閲する際のフローを教えてもらえますか?

佐々木:生放送や報道番組では電子テロップといって、サーバーにアップロードされたデータをPC上でチェックする方法を採用しています。バラエティ番組の場合は紙にプリントアウトしたテロップをもとにチェックする場合が多いでしょうか。チェックする内容は、書かれていることが正確かどうかですが、正確さには2つのベクトルがあります。

 まずは日本語として適切かどうか。文章に誤字脱字がないか、分かりにくい文章ではないかを確認することによって、日本語としての正しさを担保します。もうひとつ重要なのは、書かれている内容の正確さです。たとえば「大谷翔平選手が3打数2安打。チームは3連勝」というテロップがあったとして、本当にヒットを2本打って、チームは3連勝したのかどうか事実確認をするのが「校閲」という作業です。表記・表現だけの確認であれば10秒ほどで終わるものもありますが、事実確認の場合は1枚のテロップの情報を確認するのに10分ほどかかることもあります。ひとつの番組に色々なスタッフや部署が関わっているため、報告・連絡・相談の重要性が非常に高いのも特徴ですね。

地味な作業ではなく、スピード感のあるダイナミックな仕事

テレビ番組が放送されるまでには大勢のスタッフが関わり、様々な工程を経て視聴者のもとに届けられています。もし間違った情報を届けてしまえば、その全てが台無しになってしまうため、校閲の役目は非常に重要といえるでしょう。しかし、だからこそやりがいも大きい仕事だと佐々木は語ります。

  • 校閲の仕事の大変な点、魅力について教えてください。

佐々木:日テレでも出版社に勤める校閲スタッフが主人公の連続ドラマ『地味にスゴイ! 校閲ガール・河野悦子』が放送されるなど、校閲といえばやはり出版社の仕事というイメージが強いかもしれません。基本的に書籍の場合は著者との間に編集者が立ち、編集者経由で校閲のやり取りをします。しかし、テレビの場合は間に人を挟むと間に合わないぐらいのスピードで進行するため、生放送の現場に近いところに立ち会いつつ、原稿執筆者の方々と直接やり取りをしながら業務を進めます。

 たとえばニュース番組だと社会部・経済部・国際部・政治部などたくさんの部署が携わっており、100人以上が原稿執筆に関わっているんです。もし修正がある場合はどの部署の誰に連絡をとって、どう直せばいいのか確認を取る必要があります。時間的にも作業内容的にも、難易度の高い仕事です。

 ただ、そうやって色々な人と直接関わりながら仕事ができるのはテレビ業界の校閲ならではですし、他にはない楽しみがあります。地味で地道な作業かと思われるかもしれませんが、実はものすごくスピード感のあるダイナミックな仕事ですし、生放送が終わった後はやりきった感のある心地よい疲労を感じます。

  • 校閲に必要なスキルや知識はどのようなものがありますか?

佐々木:言葉の知識が豊富な人は歓迎ですが、それらは後からでも学ぶことができます。人が作ったもの・書いたものに対して間違いを指摘する業務でもあるので、未経験者だったとしても作り手に寄り添ったポジションに立てる人のほうが向いています。

 制作側は時間に限りがあるなかで映像編集と並行してテロップを考えています。だからこそ、校閲はプロフェッショナルとして求められる正確さの部分をブラッシュアップしてサポートする、という心構えが必要です。作り手と我々で考えてる方向性がまったく違うからこそ、チームとしてひとつのものを作り上げていく意識を持つべきだと思っています。

規則通りに直すことが必ずしも善とは限らない

  • さきほど「チームとして作り上げていく意識」と話していましたが、制作側に寄り添った視点で進言してもらえるのはうれしいですね。

佐々木:私自身もともとテロップデザイナーとして入社して、校閲セクションの業務拡大に合わせて担務変更になった経緯があるので、番組制作側の気持ちも理解しているつもりです。番組のテロップはディレクターなど制作側がテロップデザイナーに発注することも多いのですが、テロップデザイナーはデザインを作り込むことに集中した結果、字を打ち間違えることもあります。一方で、制作側は映像の編集に集中したいがゆえにデザイナーからアップされたテロップのチェックが間に合わないときもあるんです。

 我々校閲セクションは制作とデザイナーのちょうど中間で第三者的な立ち位置にいるため、フラットな立場でテロップをチェックできる良い役割になっているかなと思っています。ただし、単にルールブック的な基準だけで正誤を判断するのではなく、制作側の意図を汲み取ることが番組の面白さにもつながると考えています。

  • 制作側の意図を汲みつつ校閲する場面というと、具体的にどのような例がありますか?

佐々木:たとえば、報道番組は「ら抜き言葉」があれば訂正すべきといえますが、バラエティ番組で芸人さんの「見れねえよ」というツッコミを「見られねえよ」と直すことが善なのかと言えば、そうともいえない。制作側が意図しているリズム感やテンポが崩れてしまうかもしれないからです。

 「麻婆豆腐」という言葉も、新聞で使われている常用漢字の表記に従うなら「マーボー豆腐」と書かなくてはいけませんが、漢字で書いたほうが雰囲気が伝わりますし、漢字をドンと大きな文字で出した時の迫力もある。このように報道番組とバラエティ番組で校閲の仕方が変わるのもテレビ業界独特かもしれません。

 文章が適切か否かという部分に関しては、あと数年もすればAIに任せられる領域が増えると思っています。ただし、AIが個々の番組やテーマごとに制作側の意図やニュアンスまで汲んで「校閲」できるようになるのは、まだ先の話でしょう。そうしたニュアンスの部分は特に制作側に寄り添いながら臨機応変に対応していきたいと思っています。

白黒で判断できない場面こそ、校閲の見せ場

日本テレビでは2002年から報道番組においてテロップの校閲がスタートし、情報番組やバラエティ番組など、校閲が活躍するフィールドは拡大していきました。インターネット・SNSの発達やコンプライアンス意識の高まりもあって年々メディアの間違いに対する風当たりが増し、校閲の重要性が高まりつつある昨今、今後の変化にどのように対応していくべきなのでしょうか。

  • テレビ業界は放送コードなど独自基準があると思いますが、校閲時に気をつけていることはありますか?

佐々木:新聞で使用されている記者ハンドブックに加えて、局内で独自に策定した「日テレ放送用語ガイド」という資料があり、そこに則って校閲するのが大前提です。日テレ放送用語ガイドの編集には私も関わりましたが、アナウンス部や報道局、気象情報センターなど、それぞれの専門分野の方々が原稿を執筆しています。この編集に携わらせてもらったことで、一介の校閲者としても非常に勉強になりましたし、有意義な仕事でした。

▲佐々木が編集に携わった「日テレ放送用語ガイド」
  • 社会の変化が加速しつつあるいま、旧来の常識が非常識になることも増えています。また技術革新によって画像認識や音声認識の精度も上がりつつあるいま、校閲という仕事の変化が起こり得るように思います。今後、テレビ業界における校閲の在り方はどうなると思いますか?

佐々木:日テレではコメントの文字起こしはある程度自動化が進んでいますが、テロップの最終確認は校閲者が人の手でおこないます。というのも、さきほども話したようにAIなど機械的なルールだけでは正誤の判断がつかないことが大いにあるからです。

 たとえば「世界観」という言葉は、ある作品の世界設定や雰囲気を指す意味で使われることが多いですが、もともとは「人が世界をどう捉え・理解するのか」という意味。とはいえ、現在は俗用の方が一般的ですよね。このように受け手によって意味合いが変わるような場合は、本当にその言葉を使う必要があるのか制作側に相談したり、状況に応じては別の表現を提示したりしています。こうした部分については現状のAIに勝る部分であり、それこそが校閲の仕事の醍醐味だと思っています。

 人間の「校閲」が今後も必要とされるためには、白黒で判断できないグレーの部分に、いかに厚みをもって対応できるかにかかっていると思います。それができるのは良識ある社会人としてだけでなく、テレビが公に向けて発信するメディアであるという自覚を養わなくてはいけません。コンプライアンスや社会常識は年々変化していきますし、そのスピードもどんどんと早くなっています。だからこそ我々も常に価値観をアップデートしていくことで、AIでは判断できないグレーの部分の厚みを増やせるのだと思います。


様々なテレビ番組の校閲に携わっている日テレアートの校閲セクションが、貴社の制作物をチェックします。「企業パンフレットの校閲を依頼したい」「短期間での校閲は可能?」など、お気軽にご相談ください。

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